127.「十牛訓 第五 牧牛(ぼくぎゅう)」

 十牛訓 第五 牧牛です。

 とつかまえた牛を飼いならして、育てあげようとしています。

 しかし、今までのよくない生活習慣が、出てきます。せっかくきれいにした心にちりをかけ、ほこりをかけます。逆戻りにさせられることがないとは限りません。

 そこで、天風先生は、「弛まず、おこたらず、心身統一のそのままの人間をつくりあげることを、目的とするよりも、楽しみにする。」とおっしゃっています。

目的とすると、must(ねばならない)になり、義務感(やらされ感)が出て、モチベーションが上がりません。楽しんで、感謝してやれば、want(やりたい)ことになり、モチベーションが上がります。心身統一法を楽しみましょう。

 

 

・第五 表面

「十牛第五牧牛之頌辞 鞭索時ゝ不离 身恐伊縦歩入 俟塵相将牧得 純和也覇鎖 無拘自遂人 一千九百六十六年初夏 天風」

 

・第五 裏面

「註

鞭索時々身を离(はな)れず恐らくかれが歩をほしいまゝにして 塵挨に入らんことを相将いて 牧得すれば純和なり 覇鎖拘はる処なく自から人を逐ふ 花押」

鞭索(べんさく):むちなわ

塵挨:ちりやほこり

覇鎖:綱や鎖でしばること(webより)

 

 

・以下、「盛大なる人生」(第五章 大事貫徹 より)

「第五図が「牧牛」です。

 これは自分が発見して、とつかまえた牛を飼いならして、育てあげようとする図なんだ。

詩は、「日かずへて野飼いの牛も手なるれば、見にそう影となるぞうれしき」。

 悟ったといったって駄目だと。一生懸命に悟りのまんまで生きていかなきゃいけない。

 心身統一法のほうでいうと、たとえ人生の真理を知って、その根本要素である心の積極化を現実にするために、煩悩、いわゆる雑念、妄念を除き去りえてもだよ、長いあいだのわるーい生活の習慣は、しばしば不意にパーッと、せっかくきれいにした心にちりをかけ、ほこりをかけちまう。逆戻りにさせられることがないとは限らない。

 これも仏様の教えに、こういうのがある。

 「解することはやすし 相続すること至難なり」

 「相続」って、財産相続じゃないよ。悟りを開くことはやさしいんだけど、それをズーッと続けていくことは難しいというんだ。

 

 自分自身、弛まず、おこたらず、心身統一のそのままの人間をつくりあげることを、目的とするよりも、楽しみになさい。目的とすると辛くなるから、楽しみにするんだよ。」「盛大なる人生」(第五章 大事貫徹 より)