130.「十牛訓 第八 人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう 円相)」

 今回は、「十牛訓 第八 人牛倶忘(円相)」です。

 

 とうとう、人もいなくなりました。円相のみです。

「この円相、丸は、修養がここまで進めば、もはやいっさいの執着を超越して、迷いもなければ悟りもないことを象徴している。

 「仏性独朗」の境涯と言うんだ。恬淡明朗(てんたんめいろう)、颯爽溌剌(さっそうはつらつ)だ。仏性独朗――仏性はひとり朗らかという意味だ。恬淡明朗、颯爽溌剌というのはそれから生まれてきた言葉なんだ。」と天風先生はおっしゃています。

「迷いもなければ悟りもない」という言葉は、「迷い」が、人を成長させてくれると感じさせてくれます。

「恬淡明朗、颯爽溌剌」とは、響きのよい言葉です。「恬淡明朗、颯爽溌剌」と活きることが大切です。

 

・表面

「十牛訓第八 人牛倶忘之頌辞

鞭索人牛尽属 空碧天遼濶信 難通紅爐焔上 争容雪到此 方能合祖宗

 一千九百六十六年中秋 天風」

 

・裏面

 註

鞭も網も人も牛も尽く空 になり広い天地の事とて 如何とも出来ない炎ヽたる 焔の上に(爾)は雪は容れら れない かくなりてまさに よく祖宗に合す 花押」

 

焔(ほむら):ほのお。心中に燃え立つ激情をたとえていう語。

 

・以下、「盛大なる人生」(第五章 大事貫徹 より)

「第八図は、「人牛倶忘」。(図は、円相)

 こらなんと、こりゃなんと、何にもない。人も牛もともに忘れちゃった。何にもない。

「もとよりもこころの法はなきものを ゆめうつつとは何をいいけん」

 まーんまるいもの、仏様のほうじゃ、これは「円相」と言ってます。円相とは何を暗示してるんだろうねえ。これは畢竟、本然の自性、仏性、仏心、天地の大道。特に禅のほうでは、平等、絶対を象徴したものだ。天地の十方はみな空。

 三祖大師の『信心銘』という本に、こう書いてある。

「円(まど)かなること大虚(たいこ)と同じ 欠くることなく余ることなし」

 これは円相の説明です。つまり、この円相、丸は、修養がここまで進めば、もはやいっさいの執着を超越して、迷いもなければ悟りもないことを象徴している。

 迷いがないと悟りがないんだよ。悪があるから善があるんだ。善があるから悪がある。迷いがないと悟れないんだ。

 禅のほうじゃ、「仏性独朗」の境涯と言うんだ。恬淡明朗、颯爽溌剌だ。仏性独朗――仏性はひとり朗(ほが)らかという意味だ。恬淡明朗、颯爽溌剌というのはそれから生まれてきた言葉なんだ。」(「盛大なる人生」第五章 大事貫徹 より)

 

恬淡(てんたん):欲が無く、物事に執着しないこと。また、そのさま。

恬(てん):平然としているさま。

明朗(めいろう):こだわりがなく、明るくほがらかなこと。また、そのさま。

颯爽(さっそう):人の姿や態度・行動がきりっとして、見る人にさわやかな印象を与えるさま。

 

溌剌(はつらつ):生き生きとして元気のよいさま。