18.牛童子(十牛図 第六図「騎牛帰家」)

 「盛大な人生」第五章 大事貫徹 p281

 第六図「騎牛帰家」の説明があります。(十牛図(悟りにいたる10の段階を10枚の図と詩で表したもの)の第六図)

(牛に乗っていないので「牧牛」かも知れませんが、笛を吹いているので、「騎牛帰家」の図と解釈しました。)

 

 「今までなっかなか手なずけることのできなかった荒牛(あらうし)も、次第しだいに飼い主の思うように馴(な)れてきて、のんびりと笛を吹いて、牛とともに楽しみながら家(うち)に帰れるようになったわけだ。

 これを心身統一法のほうでいうと、もうちゃーんと日々(にちにち)の人生が、あえてたいして注意しなくても、また努力しなくても、知らないあいだに心身の統一の正しい境地に生きられるようになったというところなんだ。

 本然(ほんぜん)の自性(じしょう)という牛をとらえ得て、つまり心身統一法を会得しているはず。そして着々と牛の野獣性(やじゅうせい)を洗い清めて、雑念、妄念を心の底から払いおとして、本心を煥発して得たと同様な人生幸福に満ちてるはず。

 「騎牛」、いわゆる牛に乗るという意味、すなわち人間の求める正しい獲物(えもの)とは、何だろう。人間の欲しいと思う正しい獲物とは人生真理だもん。人生真理をその心が完全にとらえ得て、一致してるときのことなんだ。

 それで、「帰家」、家に帰るというのは、「騎牛」のような心と境涯が一つの境地になった世界のことを言う。」(「盛大な人生」第五章 大事貫徹 より)