185.「大和魂」

 「大和魂」をwebで大和魂(やまとだましい)は、外国と比して日本流であると考えられる精神や知恵・才覚などを指す用語・概念とありました。

 

 箴言注釈 叡智のひびき 箴言25の最後に「人が誠に至れば神と人は感応し、万事ことごとくうまくいく。わが国のいわゆる大和魂」とあります。つまり、至誠は日本では「大和魂」です。至誠(大和魂)で、徳を積むことが大切です。

 

・以下、箴言注釈 叡智のひびき 箴言25 より

 

 誠という字は言と成からできている。これを志し、これを述べるを言といい、これを言いこれを行うを成という。誠はわが国では麻古登で、麻は真であり実である。古登は言であり事である。述べて行わなければ誠といえない。わが国でも中国でも同じである。誠の道はこれによって向上するものである。達すると誠の極みで、これを至誠という。人が誠に至れば神と人は感応し、万事ことごとくうまくいく。わが国のいわゆる大和魂、文天祥のいわゆる正気、孟子のいわゆる浩然は、言葉は違うけれども、つまり同じことである。人々よ、至誠の二字を自分のものとして、うやうやしく失わないようにしなさい。身を修めて家をととのえることに専念しなさい。徳を積めばその光が世界を被うことも難しくないのである。