「滅却心頭火自涼」 木曜行修会  服部嘉夫

                           2017928

この文字は「しんとうをめっきゃくすればひおのずからすずし」と読みます。

 山梨県にある恵林寺の山門の左側に掲げてあります。その山門の右側には「安禅不必須山水」とあります。戦国時代、織田信長の軍勢に焼討された恵林寺の住職(かい)(せん)紹喜(じょうき)は「安禅は必ずしも山水を(もち)いず、心頭を滅却すれば火自ら涼し」と唱え、焼け行く山門の炎に身を投じたと云われています。

 心頭を滅却するとは、脳細胞を破壊することではなく、強い意思によって感覚をコントロールすることです。天風会的に解釈すると「安定打坐をするのに深山幽谷に行かなくても、感覚を統御すれば、何処でも雑念・妄念を除去できると云うことです。

 天風先生は、感覚を統御する制感の要領を「心をば、虚空の外に置きかえて、五感気にすな、打坐の妙法」と云われています。安定打坐法の極意です。意識を大宇宙の彼方に振り向けて、五(感)官にふれる刺激を気にしないようにせよと云うことです。五官に入ってくる刺激は、そのままそのまま 刺激は物理的刺激のままにして、意識せず感覚をコントロールすることです。

 感覚の統御は、私達も日常生活に中で行っています。冬のミニスカートも、格好がよければ寒さも感じません。社長さんもゴルフバックを担ぎ、若者は恋人の重い荷物を軽々と持つものです。

 天風先生は、安定打坐法を実施する際の要領を次の句で教示しています。

  「気に入らぬ風もあろうに川柳」

 大川端の柳の木は、南から北へ風が吹くと柳の葉は南から北へなびきます。北から南の風が吹くと、柳の葉は北から南になびきます。刺激に対して抵抗せず、こだわらず、そのままそのまま風に吹かれています。刺激に対して気にしないと云って眠ってしまってはいけません。飽く迄、意識明瞭にして自己の主体性は、しっかりと確保しなければなりません。その状態を、天風先生は句を続けて

  「根を()えて、風にまかせ柳かな」

 

と云われ、柳の木は大川端の土手に根をしっかりと張っているのです。