8.至誠(箴言注釈(叡智のひびき)箴言二十五「誠の解義」より)

 

 誠之為字従言従成志之述之謂言言之行之謂成誠邦音麻古登麻真也実也古登言也事也述而不行則不可謂誠和漢同

 義者如是矣至之為義由此達彼也達乎誠之極之謂至誠人而至誠則神人感応百言尽亨吾邦所謂和魂文天祥所謂正気

 孟子浩然其語雖異其所帰鼎一也鳴呼人々服庸至誠二字挙々勿失惟身之可修家之可斉而己哉其積徳之所及光被四海亦非難也

 

                         一千九百六十七年夏日     統一哲人  天  風

 

 箴言注釈(叡智のひびき) 箴言二十五 に「誠の解義」に対する詩句が書かれています。(p200)

注)解義:意味を説明すること。解釈。釈義。

 

・誠の解

  誠の字たるや言に従い成に従う。之を志(こころざ)し之を述ぶるを言と謂い、之を言い之を行うを成と謂う。誠は邦音にて麻古登、麻は真なり実なり、古登は言なり事なり。述べて行わざれば則ち誠と謂うべからず。和漢同義是の如し。至の義たるやこれに由って彼に達するなり。達するや誠の極にして之を至誠(しせい)と謂う。人にして誠に至れば則ち神人感応(かんのう)し百事尽く亨く。吾邦の所謂和魂(やまとだましい)、文天祥(ぶんてんしょう)の所謂(いわゆる)正気(せいき)、孟子の浩然(こうぜん)、其語異ると雖も其帰鼎するところ一なり。鳴呼人々至誠の二字を服庸(ふくよう)し拳々(けんけん)失うこと勿れ。身の修むべく家の斉(ととの)うべきを惟(おもん)みるのみ。其積徳の及ぶところ四海を光被することも亦(また)難(かた)きに非(あらざ)るなり。

 

(誠という字は言と成からできている。これを志し、これを述べるを言といい、これを言いこれを行うを成という。誠はわが国では麻古登で、麻は真であり実である。古登は言であり事である。述べて行わなければ誠といえない。わが国でも中国でも同じである。誠の道はこれによって向上するものである。達すると誠の極みで、これを至誠という。人が誠に至れば神と人は感応し、万事ことごとくうまくいく。わが国のいわゆる大和魂、文天祥のいわゆる正気、孟子のいわゆる浩然は、言葉は違うけれども、つまり同じことである。人々よ、至誠の二字を自分のものとして、うやうやしく失わないようにしなさい。身を修めて家をととのえることに専念しなさい。徳を積めばその光が世界を被うことも難しくないのである。)

 

・また、天風会では「真善美」を「誠・愛・調和」といいます。

「「真」とはいわゆる「まこと(誠))」のことで「まこと」とはありのままの姿=何の虚飾(きょしょく)も偽(いつわ)りも形容もないそのままの・・すわなち絶対の本然のこと。」と説明されています。